東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2213号 判決 1961年5月19日
事実
被控訴人(一審原告、勝訴)株式会社研業社は請求原因として、被控訴人は訴外双葉ゴム株式会社(以下単に双葉ゴムという)に対し、昭和二十九年十月二十一日から昭和三十年三月一日までの間に、ビニールジヤンパー、ビニールレインコート等代金合計金百十万八千二百七十五円の商品を売り渡し、右代金は遅くとも同年五月末日までに支払を受ける約定であつたが、二葉ゴムは右支払を遅滞している。
ところで、双葉ゴム設立に際してその資本金として発起人及び株式引受人において払い込んだことになつている金百万円は、右会社設立後僅か一週間後の昭和二十九年六月二十八日引き出され、控訴人高野勝、同池田頼政の訴外世界長新潟商事株式会社に対する出資金として利用されており、双葉ゴムの用途に供されてはいない。当時訴外大森ゴム株式会社(以下単に大森ゴムという)長岡支店の資産状態は債務超過であつて、双葉ゴムにおいて資本金の全額たる百万円で買い取る余地は全然なかつたのである。ただ、双葉ゴムは大森ゴム長岡支店の取立業務を代行したにすぎず、従つて本件百万円は何らの対価なくして控訴人高野勝によつて持ち去られたものである。要するに本件百万円は、控訴人高野勝の個人経営ともいうべき大森ゴム長岡支店の借財を免れるための別会社たる双葉ゴム設立のため払込の形式を整える必要から預け入れられた「見せ金」であり、実質は、設立後直ちに他の用途に使用する意図のもとに、資本金として払い込む意思なくして預け入れられた仮装のものである。従つて控訴人等は連帯して双葉ゴムに対し、発行済株式総数二千株の払込未済金合計金百万円を払い込む義務があるのに、二葉ゴムは控訴人等に対して右債権を行使しないし、他に何らの資産も有していない状態である。よつて被控訴人は双葉ゴムに対する前記売買代金債権を保全するため、同会社に代位して控訴人等に対し、右株式払込未済金百万円の支払を求める、と主張した。
控訴人等(土田辰雄他六名)は、本件株金は双葉ゴム設立に際し適法に現実の払込がなされたもので、仮装の払込ではない。すなちち、控訴人高野勝は、双葉ゴムの株金払込に充てるため、他より金百万円を調達し、これを払込取扱銀行たる日本相互銀行長岡支店に払い込み、同銀行はこれを双葉ゴムの株金払込として取扱い所定の保管証明書を発行し、双葉ゴム設立後はこれを同会社の預金として取扱つていたもので、決して同銀行が双葉ゴム設立後直ちに相殺勘定によつて右預金債権を消滅せしめたものではない。もともと双葉ゴムは大森ゴム長岡支店の積極財産及び消極財産を承継して事業を経営する目的で昭和二十九年六月二十一日設立され、同月二十七日両者が大森ゴム長岡支店の全資産を評価したところ、百五十九万余円の積極財産が存することとなつたので、双葉ゴムが大森ゴム長岡支店の全資産を承継するにあたり、金百万円を大森ゴムに支払うことに話合ができ、翌二十八日右金額を双葉ゴムにおいて支払い、前記資産を承継して営業を開始したものである。以上の次第で、双葉ゴムの発起人であつた控訴人高野勝は他の発起人、株式引受人に代り、双葉ゴム設立にさきだち、金百万円を現実に払い込んだもので、右金百万円はその後大森ゴムからの資産承継の対価として支払われるまで、双葉ゴムの資本金として存在していたものであるから、被控訴人の主張するような仮装払込ではない、と抗争した。
理由
訴外双葉ゴム株式会社が昭和二十九年六月二十一日設立されたことは当事者間に争がなく、証拠によると、右双葉ゴムは控訴人等六名及び訴外五十嵐広司が発起人となり、本店を長岡市袋町一丁目一〇八二番地に置き、ゴム及び皮革製品、ビニール雑貨一般の販売並びにこれに附帯する一切の事業を目的とし、取締役には控訴人土田辰雄、池田頼政及び訴外五十嵐広司が、又代表取締役には控訴人土田辰雄が、監査役には、控訴人高野勝がそれぞれ就任し、発行する株式の総数を八千株、一株の額面五百円、発行済株式の総数二千株、発行済額面株式の数二千株、資本の額百万円とし、その株式は、控訴人土田辰雄が三百株十五万円、同高野勝、高野正枝、池田頼政が何れも四百株二十万円、同池田十七三、佐藤鉄治が何れも百株五万円、訴外五十嵐広治が二百株十万円、訴外三浦清司が百株五万円を引き受け、その他会社設立に必要な定款の作成、公証人による認証、創立総会等所定の手続等をすべて完備し、その設立に必要な資本金百万円は日本相互銀行長岡支店に払い込まれて保管証明が出されたことが認められる。
そこで先ず、本件株金百万円の払込が仮装のものであるどうかについて判断するのに、双葉ゴムが設立されてから僅か一週間後の昭和二十九年六月二十八日双葉ゴムの資本金百万円が払い出されていることは弁論の全趣旨により明らかであるが、右は、後記のような経過によつて払い出されるに至つたものであるから、設立後僅か一週間にして払い出されたとの一事をもつて右払込が仮装のものであると断ずるわけにはいかない。原審及び当審証人五十嵐広司の証言中には、前記取扱銀行に預けた百万円は双葉ゴムの発起人、引受人から払込があつたのではなく、単なる「見せ金」で双葉ゴムの経理に入つたものではない趣旨の証言があるが、右証言は当審における控訴人土田辰雄、高野勝各本人尋問の結果を比較してたやすく信用し難い。又、当審証人野口慶太郎の証言中には、双葉ゴム設立に当つて払い込まれた百万円は「見せ金」であつたことを訴外五十嵐広司から聞いた旨の供述があるが、これは訴外五十嵐広司からの伝聞であり、しかも同訴外人の証言が前記のように信用できないものである以上、右証人の供述はとるに足らない。その他被控訴人の全立証をしても、本件百万円の払込が仮装のものであることを肯認すべき証拠はない。却つて、証拠を綜合すると、双葉ゴムの設立前には控訴人高野勝は大森ゴム長岡支店長で、同土田辰雄は大森ゴム本店の支配人であつたが、昭和二十九年六月右大森ゴムが突然閉鎖されることになつたので、同会社長岡支店に働く従業員の生活擁護のため、新会社を設立して右長岡支店関係の債権債務を新会社において承継し、大森ゴムと同一内容の営業を経営することとなり、冒頭掲記のように双葉ゴムが設立されるに至つたこと、右双葉ゴムの資本金は発起人並びに引受人において払い込む資力がなかつたので、控訴人高野勝が他より百万円を調達して自己の引受株の株金のほか他の引受人の株金についてもこれに代つて取扱銀行に払い込んだこと、双葉ゴム設立から一週間後の昭和二十九年六月二十八日に至り、双葉ゴム設立の趣旨に従い、大森ゴムと双葉ゴムの両者が協議し大森ゴム長岡支店関係の積極及び消極の資産を検討評価した結果百五十九万余円の積極財産となつたので、双葉ゴムにおいて大森ゴム長岡支店関係の積極消極の全資産を承継することとなり、双葉ゴムはその代償として百万円を大森ゴムに支払つたこと、かくて双葉ゴムは右承継前の大森ゴム長岡支店の債権債務は「大井商店」と表示して承継後の双葉ゴムの取引と区別して帳簿にこれを記載し事業経営に当つたことを認めることができる。右認定の事実に徴すると、本件株金百万円は被控訴人の主張するような、双葉ゴム設立のためその形式を整える必要から払込を装うて預け入れられた「見せ金」ではなく、現実に払い込まれ、その後において双葉ゴムの営業目的に使用されたものと認めるのが相当である。
してみると、本件株金の払込が仮装であり資本充実の原則に反することを前提とする被控訴人の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく、失当として棄却すべきところ、右と異り控訴人等に一部支払を命じた原判決はその限度において取消を免れない。